ブログの理念と著者プロフィール

ストーリー

はじめまして、ゆうです。

私は今、北海道で事務職として、会社員をしています。将来に不安を感じ、ブログを書いています。

会社以外では、サッカーや読書、動画で音声学習、ジムで筋トレをしています。

体を動かすこと、学ぶことが大好きです。



また、WEBマーケティング会社に転職を検討しています。

このブログのコンセプトは、知識で人生を良い方向に変えていくことです。

読んで下さった人の人生が、

少しでも豊かで楽しくなることを

目指して情報発信しています。

何かできないことがあっても知識を使って、
乗り超えることができます。

このブログでは、

自分で経験したり、

本から学べたこと、

尊敬する方から学んだ

本当の意味で人生を豊かにしていく方法

(人生を変える知識、ダイエットの仕方、健康になる方法など)

について発信していきます。


このブログを読んで頂く上で、

私の過去の経歴を共有しておくと、

よりブログの内容を理解しやすくなると思います。



なので、私の過去の経歴と、

このブログで目指すものについて共有させてください。


――ゆうの物語――

私は、小学校、中学校、高校、大学、会社員時代まで、

常に自信がなく、怖くてビビッてばかりでした。

小学校時代 頭が悪すぎて、問題児だった

小学校の頃の私は、勉強ができなくて、しかもよくクラスで、けんかばかりする問題児でした。


小学校の低学年では九九ができなくて、「俺って頭悪いんだな」とコンプレックスを抱いていました。


また、宿題の計算ドリルは九九ができないので、ほぼ手を付けずにいました。


先生も呆れていたのか、居残りすら、させてもらえてなかったです。


クラスでは、仲の悪い人とよく、けんかをして放課後に呼び出されていました。


先生からも問題児扱いで、よく親も呼び出されていました。


また学校から手紙を渡されますが、親に渡さず、いつも親にも怒られていました。


「ゆう何やってるんだ」と。

4年生になるころ九九のつけが来ます。


毎日放課後に
友達と野球かサッカーをして遊んでいましたが、
居残りをさせられるようになり
危機感を持ちます。


このままじゃ遊ぶ時間が無くなると

そこで、くもんに行くことにしました。


毎日同じような問題をたくさん繰り返しました。


私には2つ歳の離れた妹がいます。


当時、

妹とくもんに通ってたのですが、

妹とやってる内容があまり変わらなくて、

かなり焦ったのを思い出します。


親には

「妹とやってる範囲が変わんないじゃん」

と言われてました。


とゆうか、小学生ながら、将来に対して不安を抱いてました。


このままじゃ人生やばいんじゃないかと。


小学生ながら、
毎日1時2時までくもんの課題をやったら、
5年生ぐらいでは、
九九をマスターし成績も普通ぐらいになりました。


小5で九九をマスターって遅すぎますが、

この時に、あー少し努力すれば、

人生変わるんだなと実感します。


将来に対する不安が
少しなくなりました。


小2の時にけがをして太った話

小学校2年生の時
サッカーをして、
捻挫をしました。


はじめての大きなけがで、痛かったのを思い出します。


そこから、私のデブ生活が始まります。


まず、友達と外で遊ぶことがなくなり、ゲームかテレビ漬けの毎日。


テレビを見るときは、ポテチ、チョコ、コーラの無限ループでした。


そして
夕飯を食べ終わった瞬間に
ごろ寝。


また、甘えん坊な性格がでて、
毎日おじいちゃんに
車で送り迎えをしてもらいました。


小学校まで片道30分かかる道なので、運動量は圧倒的になくなりました。


半年以上そんな生活をしていたら

10キロほど太り、

写真の通りになります。


控えめに言って、デブですよね?


小学校4年生で
本格的にサッカーを始めましたが、

クラブでは
デブ3人組の
一人に位置付けされます。


不名誉なことです。


確かに

腹は3段腹だし、

動きはとろいし、

相手チームからよく
私がやっているポジションが

穴だと言われたりしました。


またサッカーの練習中は、ボールより水筒が友達でした。


太った経験がある方は
わかると思いますが、
太るとすぐに疲れるんですよね!


練習の最初に
ランニングを
グランド何周かしますが、
それで疲れているぐらいでした。


太っていたので、
もちろん
フィールドプレイヤーとして使えません。


コーチからは
お前は走れないから
キーパーをやれとのことだったので、
キーパーをやり始めます。


ちょうど走るのも嫌いだったので、
後ろでのんびりできて
ラッキーと思っていました。



そんな
のんびりした性格の自分ですが、事件が起きます。


1つ上の学年のキーパーが一人しかおらず、たまたま試合に来れないとのことでした。


そして、まだ始めたばかりのキーパーで、試合に出されます。


結果は散々たるものでした。


キャッチングミス、

ゴールキックがペナルティーエリアより外に飛ばないなど

問題ばかりでした。


今度は相手から

「キーパー穴だな」

と言われたり、

「ゴールキックカット一点」

とか言われ、落ち込みます。


試合後もずっとふてくされて、しゅんとなっていました。


悔しくて練習しましたが、
もともと運動神経がよくないのもあり
キックは飛びませんでした。


やっても無理だと監督に思われたのか、
ついに先輩が
ゴールキックを蹴ることになります。


まあ、自分としては問題が一つ解決されてほっとしていました。


しかし、また問題が浮上します。


全小といって、全国小学校のサッカー大会が開催されます。


キーパーってチームに2人はいないと
ダメなんですよね。


1個上の先輩方にキーパーは1人しかいませんので、
強制的にメンバーに入れられます。


そして1個上の先輩メンバーに
交じってやることになります。


キーパーだから
後ろでのんびりできると
思ってた自分からしたら、
うわーって感じです。


だって、
1個上の先輩は怖いし、
小学生だと
1つ歳が違うだけでも体格差がでます。
シュートも早いので、
結構なえてました。


全小の前日、
緊張したり、
ビビったりして
夜も眠れませんでした。


嫌すぎて、

早く大会わらないかな

とか親に言っていました。


根性が無さすぎます。


そして、当日

もちろん先輩が試合にでるんだろうなと思ってたら、
まさかの
スタメンは自分!

なぜだ? 監督?

先輩の方がうまいし、仲間からの信頼もあるのに。


保護者やメンバーも私が選ばらたのに
驚いていました。

監督は何を血迷ったのかと思いながらも、試合に出ます。


急に試合の前に、スタメンと言われて、心臓はバクバク

不安でいっぱいです。


そしてキックオフ

試合の序盤で、高いバウンドボールが来ます。


普通でしたら、
落ち着いて処理すればいいものを
私はバウンドの軌道を誤り、
ボールが頭の上を超え、失点します。


しかも太っているから
ジャンプしても
あまり飛べません(笑)


相手チームは喜び、また「あのキーパーは穴だ」とか言われます。


しかも
失点した時の
内のチームの雰囲気が凍り付き、
失点した時より
恐怖を感じます。


けど、失点したものは仕方ないので、
次の失点を防ぐしかありません。


後半になり、先輩方が点を取ってくれ、なんとか逆転します。


負けなくて良かったと思います。
負けたら間違いなく
戦犯扱い
でしたので。


試合後は
疲れきったサラリーマン
みたいな顔をしていました。


やっと終わったよと言う、
完全に疲れ切った顔です。


そのあと何試合かしましたが、
なんだかんだレギュラーで試合に出つづけ、
最終的に県4位までになりました。


頂点が見えていてたので、悔しかったですが、我ながらよくやったと思います。


また先輩や仲間のおかげでもあるので、感謝の気持ちもありました。


あと外伝ですが、太っていてばかにされ決闘を申し込んだ話です。


中学時代

サッカーも勉強もそこそこのできでした。


サッカーは今度ボランチをやり始めます。


まあ
このころには
痩せて走れるようになったので、ボランチになります。


もはや
デブの面影もありませんでした。


高校受験で逃げた話

当時私は、県で1番の高校を目指した勉強していました。


そして、副キャプテンにも関わらず、大きな大会後、勉強するからと言って引退します。


しかし、勉強はしますが、なかなか成績はあがりません。


結局県で1番の高校をあきらめ、確実に私立で、専願で合格します。


専願なので、公立高校には受験をあきらめます。


今思えば、部活も最後までやり、勉強も失敗してもいいから挑戦すべきだと思っています。


あーもっと頑張ればよかったなと、当時の自分は頑張っていたと思いますが、やはり後悔が大きいです。


しかし、サッカーの強豪かつ進学校なので、高校でも気を取り直して頑張ろう思います。


高校でサッカーの強豪&新学校にいって挫折した話

挫折した要素は主にこの2つでした。                  

  • 勉強
  • サッカー




中学はそこそこサッカーも勉強もできる方でしたが、高校で挫折しました。


何があったかというと、
ほとんど自分より上のレベルのプレイヤーや、
かつ勉強もレベルも高い人達だらけでした。


中学の時ってレベルがまちまちなので、
頑張れば成果が見やすかったんですよね。


けど
高校はみんな
もともと同じぐらいのレベルなので、差がつきません。


それに嫌気がさして
勉強も頑張れなくなります。


そして今もですが、根性はありません。


なぜなら、サッカー中よく捻挫をして練習を休んだりしてました。


普通根性のある人なら、痛くても頑張ると思います。



けど、できないんですよね。


最初は痛くても頑張るんですが、結局痛めてしまい、休みがちでした。


それでコーチや監督にけがをして、言いに行くと、
「お前、何回目だよ!」や
「おめーなんかもういらねえよ!」
と怒鳴られてました。


正直言いたくないですが、できる気もしなかったので、言いに行っていました。


結果、3年生の最後ですら、
紅白戦の試合に出るのは、
最後でした。


単純に自分が下手だったのもありますが、
一番はコーチや監督に
信頼されてなかった
のが大きかったと思います。


1年生より後に出るのは、
正直メンタル的にしんどい状況でしたが、
自分が頑張れなかったので、
仕方ありません。


また、高校の時は毎日朝テストがあり、赤点をとると監督に報告に行かないといけませんでした。


勉強も高校ではできる方ではなかったので、
朝テストもしょっちゅう落ちていたので、
よく怒られていました。


「また、お前か」



と言われ、
落ち込んでました。


まるで
会社で”成績の悪い営業マン”です。
非常にみじめです。


メンタルも弱かったので、仲間やコーチ、監督に怒られるとすぐに「しゅん」となってました。


しかも、鬱っぽい感じにもなり、不登校にもなりかけます。


監督には当時
「お前はもう来ないと思ったよ」
と言われました。


けど、なんとか気を取り戻し、学校にいきます。


そして受験前は辛かったです。


なぜなら、指定校といって、学校の推薦で行ける人に勉強の邪魔をされたりしてましたから。


「お前じゃ無理だよ」とか言われてました。


けど、挫折が多かった分、多くの学びもたくさんありました。


  • 努力の基準があがった
  • 忍耐力が上がった
  • レベルの高いところでプレーできたので、サッカーのスキルは上がった
  • 自分の弱さを認識した






努力の基準が上がった

デブでぐーたらの自分が変われたのは、間違いなく
高校サッカーのおかげです。


怒られてるときや、失敗して仲間から信頼を失う時は正直きついです。


けど、その分成長できたので、
今となっては、
監督、コーチ、先生、親に
とても感謝しています。


自分では全然、まだまだだと思っていますが、
他人にはよく
「ストイックですね!」
と言われているので、
客観的にみて
努力の基準が上がったと思っています。


忍耐力が上がった

ブログを継続できてるのも高校で、厳しく育ててもらったからだと思っています。



ブログ継続できてない時に
悩みを聞いてくださった方には
感謝してます。


たぶん聞いてくれる方がいなかったら
継続できていなかったです。

あと1日1日を大切にすることは、今でも染みついているので、良い習慣ができたと思います。


自分の弱さを認識した

おそらく高校では、
自分の弱さを
最も認識できました。


精神面や忍耐力、
他人よりも圧倒的にないことが
よくわかりました。


だからこそ、
私は知識や努力できる工夫をしていきます。


例えば人生をゲームだと考えれば、
楽しく努力ができたりすることや、
読者や知識のある人から、
教えを乞うことで成長していきます。


正直弱いのはもう仕方ないので、工夫していきます。


大学時代          

大学は自分の興味のある分野に進みました。

けど、なぜだろうかこのまま大学の勉強をしても、良い就職先や将来が豊かになると思えませんでした。


当時、お金持ち父さん貧乏父さんを読んで、会社員であると資本主義では、不利になることがわかりました。


何か始めないと思い、コンサルを受けました。


物販とセールスのコンサルを受けました。


当時は楽に稼げるとの情報が蔓延していたので
翌月には20万ぐらい稼げると思っていました。
結果
稼げたのは
3か月トータルで5000円ほど。

とゆうよりセールスも挑戦したのですが、性格的に向いてませんでした。

なぜなら、売ることに抵抗があったからです。

これって
性格上仕方ないことかもしれませんが、
相手に高いものを売ろうとして
申し訳ない気持ちになっていました。

とゆうか情弱なので、インターンに行くとか、営業系のバイトをで
適正を分析しなかったのは愚かでした。



結局
挫折してしまいます。


今思うと、そんな簡単なわけないとわかります。


全然物販で成果を出せないので、

大学3年でそろそろ就活が現実を帯びてきます。


物販で成果を出せれば、
就活をやめようと思っていましたが、
作業が全然できず、
結局周りと一緒に就活を始めます。


自己コントロール能力も
意志力の無いことに
気づき、自己嫌悪になります。


大企業に入ればある程度安定だし思い、
残業が少なく
土日休みのところに滑り込むことに成功します。

Fラン大学出身だったので、

みんなから良くやったと言われました。

しかし

自分の本当の目的は達成できなかったので、とりあえず働こうと思ってました。

けど、企業に入ってからは悶々とした日々を送ります。


大学時代に好きな子に振られ悔しかった話

私は20歳まで、彼女ができたことがなかった。

ここでも友達に馬鹿され「お前まだ童貞かよ」とか言われて悔しい思いをした。

なんで俺モテないのかなと、「彼女いそう」とかって言われてましたが、全然できませんでした。

しまいには、女の子のグループから「ゆうさんはゲイだと思ってた」とか言われます。

実際には違いますが、それほど女性と付き合った経験がありませんでした。

マジでみじめとゆうか、控えめに言って
“残念なやつ”
でした。


そんな中、たぶん自分が学校で1番きれいだなと思う女性から、連絡がきます。


ついに俺にもモテキがきた!単純です(笑)


何度か食事に行ったりデートをしますが、告白して振られてしまいます。


振られたときは2日ほど、寝込んでました。


悔しくて恥ずかしくて、何でこのタイミングで告ったと自分を責めまくります。


しかも夜の居酒屋のバイトを始めてたので、1年で10キロ太ります。

体重が55キロから
65キロに増えてました。


原因はバイト後の賄です。
夜の12時や夜中の2時とかに、賄を食べてました。

しかもバイトで疲れているので、ばくばく食べます。

食べてたものは、刺身、揚げ物、白米が多かったです。

サラダはドレッシングがたっぷりかかったものでした。


普通に2~3人前ぐらい食べてました。

まあそりゃ夜遅くにたらふく食べたら太ります。

誰がみても明らかです。(笑)


最近は彼女がいない期間はほぼないでいいですが、当時の自分に言いたいことがあります。


“筋トレしろ“と


何でかって言うと


“自分に自信がつくから”。

当時の自分って

綺麗な子から連絡が来る。


やったーと舞い上がるぐらいでした。


けど、やばいデートだ、どうしようって感じでおどおどし過ぎてました。


しかも話してる時の声小さいし。


今思うと、そんな男と誰が付き合うのかよって思いますが、当時の自分は自分なりには頑張ってました。できないなりに。


そして、自信がないので、リードできません。


けど、筋トレして

体が変わると、あっ俺やればできるやん!となります。


とゆうか自尊心上がるんですよね!


自尊心が上がれば、やればできるかもって思えて、たくさん挑戦する回数も増えます。


ブログやSNSもすごい結果を
まだ出せているわけではないですが、
頑張ったら、
頑張った分だけ
人生変わるんじゃないかなって。


だから、筋トレってすごいと思います。


しかも筋肉つくと、太りづらくなるんですよね。


知ってる人もいると思いますが、筋肉がつくと基礎代謝があがります。


だから、それほど運動しなくても太りづらくなり、お得です。


筋トレやダイエットの仕方についても、このブログではふれていきます。


安定かなと思った大手企業での仕事と、そこで直面した現実

最初はとにかく必死に仕事を覚えました。安定した企業なので、17時に定時帰りもできましす。


けど20時半ごろまで、職場で自己研鑽していました。


最初、先輩方は色んな事ができて凄いなと思っていました。


けど、仕事を覚え始めて、周りが見えるようになってきました。


今まで思考停止でやっていた仕事も
「あれこれ意味なくね」、
「誰も見ないのに何でやってんだろう」
と思い始めます。


今現在働いているところですが、どんなところかというと、昔ながらの判子と書類主義。


出勤簿に判子書類に判子。



そして業務はかなりの非効率。


文章も「を」「は」など細かいことですが、そんなことばかりやっています。


今まで必死だった分この2年間は、一体何だったんだろうと思い始めます。

私はずっと時間的な自由と経済的な自由を
追い求めてきました。


そのために20歳でコンサルまで受けて、ビジネスを学んだ。結果5000円しか稼げなかったけど、少しは自由に近づいていると思いました。


働いてみたんですが、給料は手取り17万そこから家賃やら車やらで、ほとんどお金が残らないという事態になりました。


ほとんど定時で帰れて、土日祝も休みだからいいですが、お金がないと遊べない。デートもけちけちしたものになってました。


彼女には飯ぐらいは奢るんですが、あとあと「やべー金がない」と心配になったりします。


また、この現状で結婚も考えれませんでした。だってお金ないんだもんと。


しかも、このまま会社員を続けても、お金に不安を抱えたままなのは明らかでした。


当時付き合っていた彼女には
これからは個人で稼がないときつい時代になると、
伝えましたが、結局考えが合わず
振られてしまいました。


これからの目標

多くの人に知識を持って貢献します。
また

  • 科学
  • 心理学
  • マーケティング
  • コピーライティング

を学び個人で稼ぐ力をつけていきたいと思います。


個人で稼ぐ力は、ほんとにこれから大事になると思います。


いろんな書籍を読んでいますが、
会社員であることはこの先、
税金の面やスキル面で、
不利になっていくことが予想されるからです。


2045年にはシンギュラリティがあり、
多くの仕事はAIにとられる可能性が高くなります。


だからこそ
今ブログに挑戦し、
少しでもビジネスやマーケティングをできるようになって
個人で稼ぐ力をつけていきたいと思います。


学んだことを皆さんに、
共有していこうと思ってます。

そうすれば、
あなたの人生の質が1ランクアップするかと思います。


デブでぐーたらだった自分でも、
新しくブログとSNSに挑戦できているので、
皆さんに勇気を与えられるかと思います。


また、私自身が知識を得ることで、
行動や人生の質が高まったことから、
あなたにも知識を提供できたらと思います。


これから、どうぞよろしくお願いいたします。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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